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パピルス本は右横に開いて~読むのも、探すのも一苦労

古代ギリシア・ローマの文学に興味を持つと、
当時の「パピルスでできた本」って、どんなだったのかなと、
興味がわいてきます。

パピルスでできた本は、
① 巻物状
② 1巻は約10メートル
② 右側に横開き
③ ミイラのケースにもなった!

らしいです。




パピルスとは、エジプトの沼に生えていた葦(あし)の種類です。


『ラテン語の世界/小林標』(中公新書)からの引用です。


パピルスの本のつくりかた。
まず、正方形のパピルス紙をつくります。

 まず刈り取ったパピルスを同じ長さに切り揃える。その皮に刃物で筋を縦一直線に入れて平らに開き,堅い芯の部分を取り除いて皮をなめらかにする。それらを何枚も密接させて縦に並べていく。その横幅か縦の長さと同じになり正方形ができたら,今度はその上に別のパピルス片をそれと直角になるように上から下に重ねていき,強く押さえて貼りあわせる。それで,正方形のパピルス紙が1枚できる。


それをつなぎ合わせて、長くし、芯棒に巻きつけます。

それを何枚も長く繋ぎあわせて長くしておいて芯棒に巻き付けたものが書物の原形となる。大体において縦の長さ45センチ程度のパピルス紙を20枚程度繋ぎあわせた巻物が1巻の書物である。そうすると,紙の長さは10メートルには届かないのであるが,しかし,ときには何十メートルにもなったとの証言もある。大体において現代の感覚で20頁から30頁程度の厚さの本が「1巻」をなしていたようである。


ラテン語の場合、右側に開きます。

日本の巻物とは,開き方が違ったであろう。日本語は縦書きで右から左に書いていくから,左側に少し開くと1行が全部読めるはずである。それから2,3行が読める程度に徐々に開いていけばよいことになる。
ラテン語の場合は横書きだからそうはいかない。まず,右側に開くことになる。しかも、かなりの幅の分を一挙に開く。そうやって,一定の同じ長さの文を1行としてそれが上から下に並べられた、冊子本なら1頁分にあたる量の文(・・・・・・)が読めることになる。そこを読み終わったらまた同じ長さの幅を開いて次の1頁分を読む。




パピルスロールは不便です。

そのように読んでいって全部順に入ればそれでよいけれど後でどこかの箇所を再読しようとするなら,そこまで開いていかなければならない。不便であると同時に,損傷する危険もある。


パピルスは、損傷しやすいものなので、当時の本は残っていません。

ローマ古典期の作家の作品はまずパピルスの巻物として公刊されたと信じてよいのであるが、当然のことながら、その現物はひとつとして現存していない。われわれの見る作品は代々書写されてきたものの結果である。


以下は、
『ギリシア悲劇全集10』(岩波書店)より
「断片集解説/逸身喜一郎」
から引用です。

パピルスの断片が見つかることがあります。

パピルスに書かれた「本」は、空気にさらされた状態では、長い年月をもちこたえることができない。しかし、エジプトの砂深く、かといって地下水の水脈に近づくほどには深すぎもしないところに埋もれていると、きわめて良好に保存されて、昔の文字をはっきりと残して今に伝えてくれるのである。


なんと、パピルスがミイラのケースになったおかげで、生き延びることも。

特筆すべきはミイラを収めておくケースであろう。ミイラは何重ものケースの中に安置されているが、このケースはパピルスを固めて作られていた。ケースを作った人物は反古となったパピルスを利用しただけであろうが、はからずもそれが幸いして、他の方法では読めなくなった一節を唯一伝える資料が提供されることとなった。



本の主流がパピルスであったのは3世紀頃までで、
その後羊皮紙を使うようになり、形状も冊子体へと変わったそうです。

書写からもれて、消え去った作品たちのことを思うと残念ですが、
しかし、消え去る前に書写してくれた人たちありがとう!
と叫びたいです。


ところで、
パピルスロールで勉強するなんて、大変だったでしょうね。
覚えるのも大変だけど、読みたいところを探すのも大変・・・・・・


ポンペイで発見された1世紀の遺跡のフレスコ画
『本の歴史/ブリュノ・ブラセル』(創元社)より
IMG_9592.jpg


今の本が冊子体でよかったです!




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