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『アーサー・ランサム ロンドンのボヘミアン』

1月18日はアーサー・ランサムの誕生日です。
アーサー・ランサム(1884年1月18日-1967年6月3日)は、
イギリスの児童文学作家。
『ツバメ号とアマゾン号』のシリーズが有名です。

今日紹介するのは、ランサムが若い頃、
作家修行をしていた時代のボヘミア生活を描いた作品です。

  『アーサー・ランサム ロンドンのボヘミアン』(白水社)


若き日のアーサー・ランサムは、作家修行をするため、念願のひとりぐらしを始めます。

とうとう、私は、ある日の午前中、チェルシー界隈をうろつきまわり、あけたての具合がよい窓が四つあり、二階下に水道があって、週に数シリングという空き部屋をみつけた。私は、一週間分の部屋代を前払いして帰宅すると、家の近くの乾物屋に昼過ぎに荷馬車できてくれと頼んだ。荷馬車が玄関に横付けされた。私は家人に引越しすることを告げ、本全部と、汽車旅行用ひざかけ一枚と衣類一山、それから自前で買った大きな椅子一つを荷馬車に積み込み、家族にさよならを言った。それから、陶製のパイプに火をつけ、荷馬車の後ろ板にいい気分で腰掛けると、出発の合図をした。


お金がないので、工夫して部屋を整えます。

私は、すぐに、木箱をならべてテーブルと椅子にした。横にして二段に積み重ねると戸棚になった。三つを横にして縦一列にならべるとりっぱなベッドになった。その上に旅行用ひざ掛けを上手く広げてかぶせると、居心地よさそうになったばかりか、部屋がぱっと明るくなった。


自由になった最初の日、楽しい未来を夢見ています。

今夜が自由を得た最初の夜であり、生まれて初めて、自力で借りた自分の部屋にたった一人でいて、これからは、自由に、詩のため、哲学のため、また命よりも大切だと思っているさまざまなことのために生きてくのだということは忘れていなかった。(・・・・・・)
  頭の中には、すばらしい夢があふれていた。私は、日がとっぷり暮れてからも長いこと、満足しきって、窓辺に腰かけたまま、いつまでもうきうきと青いパイプの煙を夜空に向け吐き出していた。



仲間たちとの楽しい生活がありました。 
ひところ、私たちは、いつも六人でそのレストランへ行って、コーヒーを飲み、詩人自らがとろ火で煮込んだ果物を食べた。夏の夕暮れ、私たちは、食堂の裏の、一部に屋根のついた庭にいた。緑に塗ったテーブルの上まで蔦が垂れ下がっていて、夕風に葉がゆれていた。暗くなってくると、P・Bは木陰にさがっている日本のちょうちんに灯を入れて、テーブルの椅子に腰をおろし、客たちに自作の詩を朗読してきかせるのだった。



お金はなくても、時間だけはたくさんあったのです。

時間の無駄なんてことは、まったくなかった。その部屋で、私は、昔の遊歴詩人が乗り移ったかのごとくに詩が読まれるのをきき、言葉の朗誦法を学んだ。その部屋で、私は、まだ文字化されていない物語をきかされた。そのままにしてしまうのがもったいない談話に耳を傾けた。その部屋で、私は、愉快な風刺競技にも参加した。私たちは、訪客名簿を絵や詩で埋めた。




食事も十分ではありません。

私は、一度、一週間以上、チーズとリンゴだけですごしたことがある。それは、安い黄色いチーズと1ポンドが2ペンスか1ペンス半のリンゴだった。やはり貧乏していた一人の友人が私のところにころがりこんでいて、同じ物を食べ、一階の小さな部屋で一緒に寝ていた。



その食事代も、本を買うために消えてしまいます。
でもそれで十分幸せなのです。

椅子に坐ってパイプでもふかしながらこういう本が読めたら極楽である。むろん、図書館へいけば借り出すことはできるが、それまでして読みたくはなかった。
  私は、それを自分のものにしたかった。恭しく、それを目の前に据えてタバコの煙を香としてくゆらし、その豪華な題名を崇めたかった。

 その晩、黒いハフダンの食卓から食べ物が消え失せたように、私の食事も消え失せ、その上、私はチェルシーまで歩いて帰らなくてはならなかった。しかし、初秋の夕べのその長い散歩のなんと楽しかったことか。一巻ずつ小脇に抱えたその本は、まるで魔法の翼であるかのように、私をピカデリーからぐいぐい坂を押し上げてくれた。抱えた本の感触が胸を高鳴らせ、顔をほころばせた。二巻本の一巻は頁が切ってなかった-味読!


しかし、いつまでも楽しい生活は続きません。
若者たちもいずれ年をとるのです。

  理想に燃える若者という口実がきかない老人が、礼儀作法もわきまえず、若いときの子どもっぽい振る舞いをごこちなく演じて若者にまじって酒場をはしごし、場違いな浮かれ騒ぎに苦労して調子をあわせ、午前二時までくだらないことをしゃべっている光景ぐらい悲しいものはない。シェイクスピアの『あらし』に出てくる醜いキャリバンが精霊エアリアルを演じるようなもので、あまりにあわれで見ていられない。


成功したり、成功しなかったり、ボヘミア生活から離れる理由はさまざまですが、
思い出は美しく残りました。

一日として似たような日がなかった日々のこと、ソヴリン金貨一枚が一財産に思えた頃のこと、友人がみな神に見えた時のこと、そして生活そのものが、星のきらめく仮装舞踏会だったあの頃のことーその思い出は、まじめな中年の平穏な生活をより楽しいものにしてくれるのではなかろうか。
あの時期の友情、あの頃過ごした居酒屋での夜、スタジオのストープを囲んだ夜の集い、そして夜の散歩。私たちは二、三人で真剣に語り合いながら、チェルシーの夜のテムズ河畔を歩いた。木の間がくれに街灯がきらめき、テムズは美しい音をたてて流れ、私たちの足には青春の翼、前には未来がひろがっていた。私のこれからがどのようなものになろうと、これらを味わった私の人生は、それだけより幸福なものになるだろう。


管理人はこういったボヘミアンものが好きです。

たとえば、ヘミングウエイ、ポール・オースター、ジョーゼフ・キャンベルなど。
無名の頃に、貧しいけれと楽しい修行時代を送っている話は、
抜き書きノートにたくさん書き付けています。

若くて貧しくて、でも夢がいっぱいあって。
同じような志の仲間たちと未来を語り合いながら生活している。

実際には体を壊したり、夢なかばであきらめたりするケースも多いでしょう。
でも少なくともその時代の思い出は、一生忘れらないはず。
そんな思い出を持つことができたら、それ自体が幸福です。


そして生活そのものが、星のきらめく仮装舞踏会だったあの頃

 
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