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『西東詩集/ゲーテ』より「ズライカの書」

8月28日はゲーテの誕生日です。

ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749年8月28日 - 1832年3月22日)は
ドイツの詩人であり、劇作家であり、自然科学者であり・・・
肩書きは一杯ありますが、ドイツを代表する文豪であることは間違いありません。


『西東詩集/ゲーテ』の「ズライカの書」から詩を紹介いたします。

ゲーテ 486px-Goethe_(Stieler_1828)

 

『西東詩集』は、ゲーテがペルシャの詩人ハーフェズに触発されて
書いたものです。   
   
その中におさめられた「ズライカの書」は、当時ゲーテが恋をしていたマリアンネ
(ゲーテの年下の友人ヴィレマーの妻)をズライカに、ゲーテをハーテムにみたてて
書かれた相聞歌です。
マリアンヌ・ヴィレマー481px-Marianne_von_Willemer  
詩はこちらから引用させていただきました。
『詩に映るゲーテの生涯/柴田 翔』 丸善ライブラリー

ズライカの歌う 。
先日、船遊びの折りでした。
あなたからいただいた あの金の指輪が指から抜けて
ユーフラテスの河底深く
沈んで行ってしまいました。
そういう夢を見たのです。目覚めた私は
木々から洩れる朝の光に目を射られておりました。
言って下さい 詩人よ 予言する人よ!
この夢は何を意味しているのでしょう?

ハーテムの歌う。
その夢ならば喜んで解きあかしもいたしましょう!
あなたにいつもお話ししなかったでしょうか
ヴェネチアの総督が海と婚姻を取り結ぶ
その折りの習わしを?

あなたの指からユーフラテスに指輪が落ちたのも
同じ婚姻の儀式なのです。
ああ あなたの美しい夢は私の心を駆り立てて
数限りなく天上の歌を歌いつづけさせます!

インドスタンの国々を越え
はるかダマスクスへと歩を進め
新たに出会った隊商の列々とともに
紅海の岸まで旅してきたこの私-

あなたはその私をあなたの大河に結び
その河畔の台地に 森に 結びつけたのです。
この地にあって 最後の口づけのその日まで
わが心はあなたのものであれ!



ヴィレマーは成功した銀行家で、40歳のときに16歳の女優・踊り子だったマリアンネを引取りました。
マリアンネは当時の言い方で、ヴィレマーの「小さな同伴者」だったのです。
ゲーテがマリアンネと出会ったのは1814年。ゲーテ65歳、マリアンネ30歳です。
ヴィレマーはまだマリアンネと結婚していませんでした。
翌年突然に結婚したのは、ゲーテの忠告によるものだったといわれています。



ズライカの歌う。
細い糸のように吹き上がる
楽しげな噴水の縁にたち
去りがたいのは何故なのか 判らぬ私なのでした。
でも その水の遊びにあなたの筆跡で
ひそやかに私の頭文字が描かれているのを見つけ
あなたを思い 顔を伏せる私でした。

糸杉の木々がたち並ぶ道を行き
疎水の尽きるここに立ち
はるかに高く見上げると
優しい線の暗号文字が また私へと呼びかけます-
いつまでもいつまでも わがものであって欲しい!と。

ハーテムの歌う。
吹き上がる噴水が 空高く揺れる糸杉の梢が
あなたに告げてくれますように-
並木の道を往くときも戻るときも
我が思いはズライカからズライカへと行き来するのみと。


恋の喜びがこぼれおちそうです。

1814年、1815年、ゲーテはヴィレマー夫妻とともに夏を過ごしました。
夫のヴィレマーが常に傍らにいたのですから、奇妙な三角関係と言えますが、
ヴィレマーがゲーテを妨げることはなかったようです。
ゲーテはマリアンネと至福の時をすごし、その喜びがこの詩に結実しました。

けれども、1815年の秋に分かれて以来、二人が会うことは二度とありませんでした。






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