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『失われた時を求めて/マルセル・プルースト』~無意識的記憶を求めて

7月10日はマルセル・プルーストの誕生日です。

今日は『失われた時を求めて/マルセル・プルースト』の紹介です!

・・・なんて、大それたことは言いません。

おまけに今月はミニエントリーですませないといけない事情があります。

ほんの少しだけ、紹介いたします。


4087610209失われた時を求めて〈1〉第一篇 スワン家の方へ〈1〉 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
マルセル プルースト 鈴木 道彦
集英社 2006-03-17

by G-Tools
マルセル・プルースト(1871年7月10日 - 1922年11月18日)は、フランスの作家。
その代表作『失われた時を求めて』はその後の文学の流れに決定的な影響を与えた
といわれています。

ともかく膨大な作品です。
日本語訳で400字詰原稿用紙1万枚、登場人物は100人超・・・

プルーストが追い求めたのは、「無意識的記憶」です。
たとえば、「あの時どうだっけ」と自ら昔を思い出そうとするような「意識的な記憶」とは
根本的に違います。

「無意識的記憶」は、まったく予期せぬときに、不意打ちのように現れます。
その記憶をつかむことができた時、「失われた時」は「見出された時」に変わり、
再び生きることができるのです。



○簡単にはつかめない「無意識的記憶」

有名な「紅茶にひたしたマドレーヌ」のシーンです。

私は何気なく、お茶に浸してやわらかくなったひと切れのマドレーヌごと、ひと匙の紅茶
をすくって口に持っていった。ところが、お菓子のかけらの混じったその一口のお茶が
口の裏にふれたとたんに、私は自分の内部で異常なことが進行しつつあるのに気づい
て、びくっとした。素晴らしい快感、孤立した、原因不明の快感が、私のうちにはいり
こんでいたのだ。


いきなり現れた「素晴らしい快感」に主人公は戸惑います。
そして、それをとらえようとしますが、うまくいきません。

それはどこから来たのか?なんの意味か?どこでそれをとらえるのか?
私はふた口目を飲む、そこには最初のとき以上のものは何もない、三口目が
もたらすものはふた口目よりも少しばかり減っている。やめにすべきだ、お茶の効き目
は減少しているようだから。



真実が自分の中にあることは、わかっています。

求めている真実が、紅茶のなかではなくて、私のうちにあることは明らかだ。
紅茶はその真実を目ざめさせはしたが、それがなんであるかを知っておらず、
徐々に力を失いながらただいつまでも同じ証言を繰り返すだけだ。

探究?それだけではない、創り出すことが必要だ。精神はまだ存在していない
何者かに直面している。精神のみが、それを現実のものにし、自分の光を浴させる
ことができるのだ。


どうしてもうまく掴めないので、主人公は探究をあきらめようとします。

今はもう何も感じられない。思い出は停止している。たぶんまた沈んでいったのだろう。
その暗い夜のなかからいつかまた思い出が浮かび上がるだろうか?だれが知ろう?
十度も私はやり直し、思い出の方に身をかがめねばならない。そしてそのたびごとに、
困難な仕事や重大な作業とみればすぐ顔をそむけさせるあの無気力さが、私にこう
すすめるのだった、そんなものはやめたまえ、お茶でも飲みながら、苦もなく反芻できる
今日の倦怠、明日の欲望だけを考えたまえ、と。


そして、この後やっと主人公は思い出します。それが、「昔、レオニおばさんが紅茶か
菩提樹のお茶にひたして差し出してくれたマドレーヌの味」だったと。

主人公は、マドレーヌ自体を今までに何度も見ていました。しかし食べることがなかった
ので、その思い出は封印されていたのでした。
ここで重要なのは、知性ではなくて、嗅覚や味覚なのです。

人々が死に、ものは壊れ、古い過去の何ものも残っていないときに、脆くはあるが
強靭な、無形ではあるがもっと執拗で忠実なもの、つまり匂いと味だけが、なお長い
あいだ魂のように残っていて、ほかのすべてのものが廃墟と化したその上で、思い
浮かべ、待ち受け、期待しているのだ、その匂いと味のほとんど感じられないほどの
雫の上に、たわむことなく支えているのだ、あの巨大な思い出の建物を。


こうやって、主人公は失われていた記憶を徐々に呼び起こしていきます。


○「無意識的記憶」に行きあえたら、必ず掴もう


最近では、ライフログをとることに気を配っています。
日記やノートにもいろいろと記しています。
もちろん自らの意志でやっている記録は意味のあるものだし、役に立つことを
疑ってはいません。
しかし記録は文字で記した時点で、「自分がこう記憶したい」という形に脚色
してしまっていることがあります。

それくらべて、「無意識的記憶」は自分では脚色できない、だからこそ真実なのです。


「無意識的記憶」は、得ようと思って得られるものではありません。
なので、もしそれに行きあうことができたら、一生懸命にその源を探るべきです。

それこそが本当に手つかずの貴重な記憶だからです。


プルーストの文章はともかく一文が長いです。
そして、とてもとても美しい。

読んでいながら「何の話だっけ?」と思うことも多々あります。
全部読むのは非常に大変です。

この本は同じ翻訳者による抄訳版です。

408760425X失われた時を求めて 1 抄訳版 (集英社文庫)
マルセル・プルースト マルセル・マルセル・プルースト 鈴木 道彦
集英社 2002-12-13

by G-Tools


この抄訳版は、全体の中から重要なストーリーを集めたものです。
内容の質の高さはそのままで、ぐっと読みやすい感じになっています。
有名なシーン、たとえば「プチット・マドレーヌ」や「暁を彩る牛乳売りの娘」などを
そのままタイトルにしてあるので、検索もしやすいです。

『失われた時を求めて』にも一応筋はありますが、長すぎるのであまり気にせずとも
よいでしょう。
どこを開いても美しいので、開いたところをぱっと読んでください。

私は秋にキンモクセイの香りをかぐと、とても幸せな気持ちになるのですが、
プルーストのおかげで、それが「何故か」を突き止めましたよ!

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