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『ノア ノア/ポール・ゴーギャン』~タヒチのかぐわしい香り

『ノア ノア/ポール・ゴーギャン』の紹介です。


448008519Xノアノア (ちくま学芸文庫)
ポール ゴーギャン Paul Gauguin
筑摩書房 1999-10

by G-Tools
「ノア ノア」とは、タヒチ語で「かぐわしい香り」という意味です。

この本を選んだのは、蒸し暑い夜には、「もっと暑い本がふさわしい」と思ったから。

期待通り、タヒチの空気は濃密です。そして、ノア ノアで一杯!


ウジェーヌ・アンリ・ポール・ゴーギャン(1848年6月7日 - 1903年5月8日)は、
フランスのポスト印象派の画家。

ゴーギャンがはじめてタヒチに渡ったのは1891年6月~1893年6月。
『ノア ノア』はタヒチでの出来事を随想風にまとめたものです。

幻滅
ゴーギャンはタヒチに憧れてやってきました。
しかしヨーロッパ文明に毒されていることに気づき、落胆します。
私が愛していたのは過ぎし日のタヒチなのだ。それが完膚なきまでに破壊され、
この美しい民族は、在りし光輝のなにひとつ、どこにも救い出してはいないのだと
思うにつけても、諦めのいくものではなかった。


マオリの王女でさえ、フランス風の教育を受け、ゴーギャンの前でラ・フォンテーヌを
暗唱してみせます。しかし、彼女はラ・フォンテーヌが嫌いなのです。

「なんて、美しかったんでしょう、私たちの王国は。土地とおなじに人間も恵みに
あふれていたの。私たちは年中歌っていたのよ。」



最初に到着した土地に幻滅した彼は、別の土地へ移動します。
ここで彼は土地になじみ、隣人たちと親しくなります。
文明が少しずつ私から去ってしまう。単純に考えるようになり、隣人に対してはほとんど
嫌悪感もなくなりーいやむしろ、愛するようになってきた。私は自由で、動物的で、
人間的な生活を存分に享受している。


○愛する人との出会い
ここで彼は、美しい若者に惹かれます。
彼は私の前を歩いていた。男とも女ともつかぬ優雅な姿かたちをして、動物的な
しなやかさで。私たちに染み込んでくるこの植物的な壮麗さのいっさいが、彼のうちに
受肉し、息づいているのを見るような気がした。彼の内にあり、彼を通じて立ち上る
この壮麗さから、美の香りがくゆりたち、発散し、私の魂を酔わせた。

ジョティファと私は、小屋に帰った、心も穏やかに浮き浮きと、薔薇の重い荷を担いで。
ノア、ノア!(・・・)私がこの木片に鑿 を入れると、その度ごとにいっそう強く、
勝利と若がえりの香りが匂ってきた。



その後、彼は年若い妻を娶り、互いに愛し合う幸せな生活を送ります。
この若い娘、十三歳ばかりのこの少女に、私は魅惑され、また恐れを覚えていた。
そのときから、幸福に満たされた生活が始まった。確かな明日と、互いの信頼と、
愛し愛されているという確信とに基づいた生活が。

この、楽園のエヴァは、しだいに従順な、情のこまやかな本性をあらわしてくる。
私に彼女の匂いが染み込んでいる。ノアノア!彼女は私の人生に、ちょうど
ふさわしい時に入ってきた。


この本のいたるところに、ノア ノアが溢れています。
そのノアノアが彼に芸術家としてのインスピレーションを与えているのでしょう。

こうして裸でいながら、彼女は橙黄色の清浄な衣を、比丘の金色のマントを着ている
かのように思えた。うるわしい金の花、タヒチのノア ノアが、その花で香っていた。
そして私のなかでは男が芸術家としてそれを愛していた!・・・



○『ノア ノア』を書いた意味
当時、ゴーギャンの絵はあまり理解されていませんでした。
ゴーギャンは『ノア ノア』を書くことで、自分の絵に対する理解が深まることを期待して
いたといいます。

実は、私はゴーギャンの絵が好きとはいえません。

ところが、彼がどうしても描きたいと思っていた「タヒチの血をひく女」を描くシーン。
私はこの肖像の中に自分の心が眼に見せてくれるものを描きこんだ、とりわけ、
おそらく、眼だけでは見えなかったであろうもの、こもった力をもつあの強靭な炎を・・・
彼女の大変高貴な額をみていると、その秀でた線によって、エドガー・ポーの
こんな文章が思い出された。「均整のなかにどこか奇妙なところを持たぬ完璧な美は
ない」。彼女が耳にさしている花はじぶんの香りに聞き入っていた。


この文章を読んだ後で、そのページに掲載されているそのタヒチ女性の絵を見ると、
わかったのです。

ゴーギャンがこの顔立ちの中に見出し、描きたかったもの、彼女が先祖から
受けついでいるはずのものが、見えたような気がしたのです。

錯覚かも知れません。
少なくともこの文章を読んだ後、以前からゴーギャンの絵として私が見知っていた
ものは、消え去りました。
私の彼の絵に対する見方はもう変わったのです。

ゴーギャンが『ノア ノア』を書くことで期待した、「自分の作品を理解してもらうこと」は、
ある意味効果があったわけです。

○ゴーギャンの個人的な神話
『ノア ノア』は、事実の記録ではありません。かなり脚色されているそうです。
また、友人頼んで文章に手を入れてもらったために、純粋に彼の文章ともいえません。
解説には次のようにあります。

『ノア ノア』はタヒチ滞在の実録ではなく、-知られているように、彼の伝記的事実に
照らせば、齟齬や脚色が夥しい-ゴーギャンの精神の冒険譚の実録である。

絵のための解説でもなければ、タヒチ報告書でもない、いわばゴーギャンの個人的な
神話として読むこともできるはずである。


『ノア ノア』は、もともと彼の物語であり、彼の思い描く神話や夢なのです。

読者は、ただその「ノアノア=かぐわしい香り」をこの本からすくいあげて、
自分の思い描く香りを楽しめばいいのだと思います。

暑い夜に、ノアノアに浸るのも、いいものです。




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